--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-11-28(Fri)

ちょっとした話 12

12、『演技する・しない』
  「舞台で『演じない』、芝居をするな。」
 と、よく言われますね。 「素晴らしく『演じた』。」 とも、言います。   ?どっち~?
?演技って『するの』『しないの』?
  アニシモフ氏いわく …「せめて、舞台の上では『演技をしない』で下さい。」 ?せめて舞台の上では?演技をしない?
  お芝居って創られた世界で、『演技をする』ものでしょ?
 日常はリアルな世界で、『演技をしない』ものでしょ?
  いわく
 …「みなさん、よ~く思い出して下さい。日頃、あなた方は演技をしていませんか?
  例えば仕事で、ニッコリ愛想よくしたり、相手に話を合わせたり。 心の中はもうタイヘンな事態なのに、平気そうな演技をしたり。 「相手のために気を遣ったり、仕事を失わないため、報酬を得るために、たくさんの演技をしているはずです。
 
 親しい仲間のあいだでも、必要ならば演技をしているものです。 思っていることや感じていることをそのまま全部言ったら、行動したら、たいへんなことになります。」
 
 
 確かに、われわれは生活の中で、ずいぶん演技をしている。グッとこらえて我慢したり、まぁいいか~と妥協したり…。
 
 日常生活で『誰も演技をしない』となると、世の中、物凄いことになりそうです。
  いわく …「舞台上には、《利害関係》が存在しません。持ち込んでもいけません。 だから、演技をする《必要》がないのです。」
  《利害関係》…例えば、
 
「わぁ、台本に罵倒すると書いてあるよ~。けど、あの先輩にこんなこと言えない~。」
ナンてぇのはナンせんす(韻を踏んでみました…つまらん、すみません)。
  それは単に、『日常のリアル』を持ち込んでいるだけ。 『日常のリアル』を見たいなら、劇場に来ることなく人々の中に入って行けばよい。
  私達が追求するのは、『創造活動におけるリアルさ』…『リアリティ』という英語を充てるのは正しいのかな? 『リアル』と『リアリティ』とは、違うわけです。
  いわく …「演技を『する』のは、非常に疲れます。芝居の中で疲れた役という設定ならよいのですが、役者本人が自分のウソに疲れるのはよくありません。 心の余分な疲れを見せられても、観客は喜ばない。
  私たちは、俳優のこのウソの芝居を見る時、『演技をするな!』と言うのです。」
  フムフム、つまり良くない意味での『演技をする』とは、内面がからっぽなのに『フリをする』ということなんだろうな。
  ここまでの文章の『演技』を『フリ』に読み替えると、ピッタリくるかも。
  いわく …「みなさん日頃、生活の中でたくさんの《演技する・される》に疲れ果てているのです。 ですから、せめて舞台上では《演技》をせず、疲れを癒して下さい。
  そうすることで、観客の心の疲れも癒して下さい。」
  観客の疲れを癒す!奥深いぞ、スタニスラフスキー・システム!
  では、また…。

CoRichブログランキング
スポンサーサイト
2008-11-23(Sun)

ちょこちょこっとした話 4

 『みなみはるお』さん 言わずと知れた『三波春夫』さん。
  「オ~レ~はル~パンだぁぞ~。」
と、ルパン音頭なぞも唄ってらした大御所さんで、有名なフレーズは、 「お客様は神様です。」
でしたね。 昔から、「お金を払ったからには、お客様は神様(芸人はしもべ)でございます、ホイホイ。」みたいに使われてきましたが、実は違うのだそうです。 三波さんいわく、
 …「歌とは、捧げる物。私のお客様は唄の神様。私は、目には見えない神様に捧げるように唄っているのです。」 一度ご存命のうちに、生の舞台で拝聴したことがありますが、素晴らしかったおどろいた! 何が素晴らしいって、芸術を言葉で言い表すことはできませんが、「すごい!文句なし!お見事!」って感じでした。 エンターテイメントであり、芸術であり。
 
 神様がいるのか、いないのか、私にはわかりませんが、三波さんの信念はすぐに伝わりました。
  「お客様は神様です。」
は、パロディにしやすい言葉で、マスコミなどが飛びついたのもわかりますが、三波さんの本意を知ると実に奥深いものがあります。
  スタニスラフスキー・システムでも、「本当の観客は、目には見えない、芸術を愛する天使たち。」
と言うことがあります。 決して人間のお客さんをないがしろにしてるのではなく、そのような意識で演ずるべきだということです。 三波さんは、戦争の時シベリア抑留の経験があると聞きました。 全くの偶然でしょうが、なんだかロシアで繋がった三波さんとスタニスラフスキーが同じ考えだったことを、不思議に思ったのでした。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-23(Sun)

ちょっとした話 11

11、『考える』 アニシモフ氏いわく
 …「舞台上で、《実際に》考えて下さい。」 生活の中で、人は常に考えています。 「昼メシは何にしようか?この人の名前、なんだっけ?あんのヤローめ!。うひひ、うまくいったなぁ…」などなど。 何も考えずにボーッとしてるような(歯を磨いてるような)時も、なーんか考えてるものです。
  いわく …「舞台上で『考える』のは、作家が与えてくれているテーマについて。 優れた作品には、考えるに値するテーマがいくつもあります。それは、(先程挙げたような)日常の雑多な考えで霞んでしまわないように描かれています。」
  しかしですなぁ、《人間とは…とか、人生とは、愛とは、運命とは、心とは、神とは、宇宙とは…》なんて話、普通に持ち出したら、「ウザイ・カタイ・面倒くさい」と、『変わり者』で片付けられます。 居酒屋で酔っ払って、ヨモヤマ話の中で、 「チキショーめ!俺ヨォ、なんのために仕事してんだ?なんのために生きてンだよー、ウィ~」 「まあまあ、落ち着けって。人間っていうのはサァ…。」 おっと来た、酒の量があるレベルを超えると、ようやく「人間とは…」の哲学が始まる。 映画や舞台に、居酒屋の場面がたくさん出てくる理由がわかりますね(半分ジョークです)。 しかし、人間、どんな人も例外なく、そんなテーマで考える時が来ます。
 いわく …「俳優の仕事のいいところは、そういったテーマに普通の人より長い時間触れることができる点です。」
 
 これ、『神経系』を鍛える手段の一つかな? しかも、同じテーマに、いろんな天才的な作家が、いろんな角度から光を当てています。 だから、作品選びはとても大切。 さらに、いわく …「舞台上で《リアルに》考えて下さい。」 《リアルに》? …「俳優は、考える《フリ》をするのがうまい。私はよく知っていますよ~(またしてもニヤリと笑う)。 本当に考えてみて下さい。 あなたを急かす人は誰もいません。そういう作業のために、リハーサル(稽古)があるのです。」 そして、リハーサルが始まる。 すぐさま、 …「ストップ。一度止めましょう。 あなた、今、本当に考えていましたか?」 「えっ?ん~と。」と、素(す)に戻る俳優。 と、すかさず、 …「オッ、今考え始めましたね。オモシロ~イ(日本語で)。 人がリアルに考える姿というのは、見てて非常にオモシロイですね~。」 そうなのです。言われるまで、そんなこと思ってもみませんでした。 不思議なことに、舞台上で、人が考え始めた瞬間、実にオモシロくなるのです。言葉ではうまく説明できませんが、なにも無かったところに、いきなり見るものが現れたような。 …「そのまま、相手と考えを闘わせて下さい。」 毎回それで上手くいくとはかぎりませんが、時々、オモシロイ展開になります。 作家の考えと、生きた俳優の考えがシンクロして、俳優は自分が何を喋ってるのかはっきりと理解し、相手の言っていることもドカドカ入って来て、舞台上で起こっている全てがクリアになり、『行動』したい『欲求』がググッと湧いてきます。 見ている側にもそれが伝わります。 私の経験だと、目の前がパーーッと開けて、私自身もパーーッと開いて、明るいけど眩しくない一本の道がサァーーッとできるカンジ(効能には個人差があります…かも)。
 いわく …「舞台上で『生活』してください。」 『生活』
 …ロボットのように、覚えた台詞をただしゃべるのではなく、
 …『リアル』に『生きる』。
  最初の話に戻って、人間は常に考えている。 『生活』している、『生きて』いる人間は、常に考えている。…なるほど。 アニシモフ氏いわく …「ですから、舞台上でリアルに『考えて』下さい。」 …なるほどなるほど。 では、また…。
2008-11-22(Sat)

ちょこちょこっとした話 3

 今回は、ちょいと個人的な話。
 好きな本の紹介。
 
『タオ 老子』
…加島 祥造 著

もともと、ちょいとしたきっかけで、『了寛』さんが気になってました。
 ある日図書館で、中野孝次さんの『風の了寛』という本が目に留まり、何気なく読んでみたら、なかなかステキな本で、その中に加島祥造さんの紹介があったのです。

すると、別の日、またまた図書館で、加島さんの『タオ 老子』が目に留まったわけです。
読んでみたわけです。
 
「こりゃあスゴイ!」と、暖かい衝撃をうけました。
なぜって、私達が学んでいるスタニスラフスキー・システムの要素が、ことごとく記してあるではありませんか!
こりゃあ、どうしたこっちゃい。

「いい本見つけたよ~。」
と、仲間に話してたら、加島さんの『求めない』という本がベストセラーだそうな。

そちらはまだ読んでませんが、機会があれば読みたいと思っとります。

『タオ…』は、中国の老荘思想を現代詩で綴ったものです。老子は、2500年前の人です。

また、田口ランディさんの『神様はいますか』というエッセイもオススメです。
「うわぁ、わかるわかる。」と、わたくしヒジョーに共感できます。

老子は、「こんな話を聞いたら『たいていの人は、馬鹿らしいと言って、大笑いするんだ。』と言っています。
田口ランディさんも、2、3度うちの催しでお見かけしましたが、「自分は変人だ。」とおっしゃってました。

今回の本の紹介は、『変人のススメ』かも。
でも、面白いですよ~。

私が長々と話しても、たいしたことは伝わりません。一度読んでみてください。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-22(Sat)

ちょこちょこっとした話 2

『マイホームの夢』叶えて下さい。

原子力発電所、放射性廃棄物の廃棄候補地、飛行場、米軍基地…などなど、多くの賛否両論を巻き起こす施設。

政治を司るみなさま、理想を貫いて下さい。
みなさんは、国民を代表して未来を創るリーダーです。

誘致に賛成のみなさん、是非、それら施設のすぐ側に御自宅を構えられてはいかがでしょうか。
自らの手で、安全性・快適性を証明してみませんか。
「私の考えはみなさんを幸せにするものなのです。どうです、間違いないでしょう。」
と、堂々と胸を張って下さい。
マイホームです。もちろん、全て自費でお願いします。

また、その地区で(自ら進んで)立ち退きを『余儀なく』された方々。
つまり、これまた誘致に賛成された方々。
この不景気の折、そんなに遠くに行くことはありません。
 しかも先生方のお墨付きです。
 なんの不都合も無いわけですから、頂いた立ち退き料で、すぐ近くにマイホームを建てましょう。

あわよくば、先生方とお近づきになれますよ。おもわぬ人々と会えて、拾いものかも。
仲良くなったら、離れがたいものです。どこかへ逃げようと…いや、引越しなさろうとする先生方を、がっちり引き止めることです。

こうして、賢明なみなさんは、ご自分の政治理念を貫き通し、税金の無駄遣いと指をさされることもなく、世界に誇れる政治家となり、また、地区のみなさんは全国民の了解を得てしかも、私財を投げ打つことなく永の住み家を手に入れることができるわけです。

いいなぁ~。

さぁ、賛成の人手を挙げて!

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-22(Sat)

ちょこちょこっとした話 1

1、『偉い人なんていない』

テレビで政治家と言われる人たちを見て、思ったんです。
『先生』などと呼ばれていましたが…。

小学校、中学校の頃、何かの式典や催しなどに町長さんや市長さんや、代議士の方々が『来賓』としていらしたものです。
そして、挨拶をして拍手をお受けになられて、公務があってスッとお帰りになる。
子供達は、私も含めて、わけもわからず、その人がどんなことをやる人かも知らずに、拍手していたものです。
 
子供たちにとって(大人にとっても、そうだったかも)理由は一つ、
 『偉い人』だから。

フムフム、『偉い人』ってさ、どういう人?
政治でいうと、町や地域や国民に貢献した人?する人?

『した人』ならば、例えばそこいらの豆腐屋のおじさんが、突然のインスピレーション!ビビビ!、驚くべきアイディアと行動力で町のゴミを片付けたとか、福祉施設を造っちゃったとか。
『する人』ならば、それは仕事では?政治家先生は、それでお給料をもらってるわけで。

まぁ、冷たいことを言いたいわけではないのです。
大切な仕事をしている政治家の方々もいるでしょう。
じゃあ、普通の会社員並のお給料にしたら?普通の公務員並の待遇にしたら?
それでも「私が一生涯かけてやるべき仕事はこれだ。」という人は、何人いるのかなぁ、と考えます。

「たいへんな責任をしょい込むのだから、お給料が高いのは当たり前だよ。」
という意見も聞いたことがあります。
そうかもしれない。どれだけたいへんか、わかりませんものね。
でも、私の身内にも公務員がいて、朝早くから終電の日々が続くといいます。
徹夜のこともあるそうです。
一番若いいとこは消防士で、もう2、3回、死にそうな場面があったそうです。
でも、凄い給料を貰ってるわけではありません。
そんな、きつい下積みがあるから、歳をとって、名誉職などでお給料が高くなるんですかね?

あれ、いつの間にかお金の話になっちゃった。
戻して、、、『偉い人』はいるのか。

私が思うに、『より良い考え、優れた意識、高い次元の人間性を、自分の中に育んできた人』がいるということじゃないかなぁ。

しかし、学校の式典に、豆腐屋のおじさんが挨拶に来るのも変なカンジだし…
…いいかもしれないけど……ん~、いいかも。

テレビで見るのは、『先生がた』や『総理大臣』が町に出て来ると、おじさんやおばさんが握手しながら(言葉わるいですが)ペコペコお辞儀している姿。
『先生がた』は、
「やあ、ご苦労さん。お仕事たいへんですなぁ、頑張って下さいね。」
などと、言葉をたまわれている。
同じ、『人間』なのに。
そう言葉をたまわったら、
 「おぅ、たいへんなのはお互い様だ。お前も頑張れよ。いい仕事しろよな。」
と言って、肩でもポンと叩いてやればいいのになぁ、と思う。
だって、同じ『人間』なのに、『神様』や『ヒーロー』扱いするのは、その人がかわいそう。
 私だったら、そんなのいやだな。
 それをステイタスに感じて喜びたいなら、しかたないけど。
  
とりあえず、子供たちに、根拠のない『偉い人』概念を強いるのはやめたいなぁ、と思う次第です。
 
サァ、自分は『偉い人』だと思う方、手を挙げて~!

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

10、『才能』について



 ~ヨーロッパなどでおなじみの、レパートリー・システム。
 いくつかの作品を、継続して上演する。
 
 氏いわく
 …「例えばコックさん。
 毎日のように厨房に立つ人と、一年に一度だけ料理する人、どっちの料理を食べたいですか?
 
 例えばパイロット。
 毎日のように飛んでいるパイロットと、一年に一度しか操縦しない人、どっちの飛行機に乗りますか?」
 
 さすがに、例え話もうまいのだ。パイロット!そりゃ、やばい!
 
 …「ならば、演劇も同じ。
 優れた指導者も(めったに)いない。演劇学校もない(これは多分、ホントに無い)。
 一年の大半をアルバイトに費やし、年に一度、2、3ヶ月稽古して、1週間だけ舞台に立つ。
 それは、プロの俳優が育つ環境ではありません。」
 
 あいや、たしかに。
 しかし、どうすればよい?
 
 …「やりたいと思うかどうか。それだけです。」
 
 それだけって、あいや~、しかし、資金、メンバー、時間…どうします?
 日本の環境は、芸術活動にはきびしいんですよ。特に演劇、さらに無名の俳優なんぞ、もってのほか。
 
 …「ですから、《心から》やってみたいと思うことです。
 人々は、やったことないもの、未知のものに対して、否定から入ります。恐いからです。
 もちろん、それが普通の意識です。
 「が、価値があると感じた、やってみたいと思った!それが、不可能を乗り越える第一歩です。
 あとは、勇気と行動。
 「なにかを可能にするのは、強い欲求、強靭な意思・忍耐、たゆまぬ努力(フ
ゥ~、やっぱそうか…)、そして愛…。
 
 愛!
 
 「まず、心からの欲求ありき!」
 
 アニシモフ氏いわく
…「『才能』とは、常に成長するか、退行するかどちらかです。
「修業をやめたら、そのレベルで留まってはくれず、すぐにしぼんでゆく。それが才能です。
 例外はありません。たとえ天才と言われる人でも同じです。魔法も近道もありません。」
 
 ならば、訓練や実践の場が少ない俳優たちは、せっかくの『才能』を開かせ、
伸ばすことができないわけです。
 
 「才能がある。才能がない。」…よく聞きますね。
 
では、『才能』とは何か。

『才能』とは
 
…他のだれでもない、『私として、あなたとして、この世に生まれて来た』こと。
 なんの奇跡か、全宇宙のどこを探しても、私(あなた)という個性は、たった一つしか存在しないという事実です。
 なんと、宇宙の歴史上、過去にも現在にも、たぶん未来にも、たった一人だけという奇跡です。
 
世の中には、ホントにいろんな人がいるもんです。
戯曲に描かれる人物もさまざまです。
どんなタイプの俳優にも、役はあるのです。
大切なのは、役に出会うまで正しいやり方で準備しておくこと。

私は、スタニスラフスキー・システムにその正しさがあると実感します。
何故なら、この俳優修業の根底には、
 『俳優』という抽象的な概念ではなく
 『人間』という具体的な概念が流れているからです。
 
誰がどんな才能を持って生まれてきたのかは、わかりません。しかし、誰もが何らかの才能を持っているのです。
 《本当の》スタニスラフスキー・システムは、それに気付かせ、成長する手助けをしてくれます。
 感情を爆発させるだけの、技術を教えるシステムではないのです。
 自分の人生の主人は、自分である、と言い切るのですから。
 自分を信じるチカラを与えてくれます。肝心なのは、正しいやり方で学ぶことです。
 
 いわく
 …「『才能』は、ほんの少しずつしか成長しません。」
 
 だから、あせることはない。この階段に飛び級はない。
 自分のものです。正しいやり方で、自分の『才能』と付き合って行く必要があります。
 
 …「『才能』はひとりでに成長したりしません。
 優れたもの、人、考えなどに触れ、『感情』を通して心が動くことによって、ひそかに成長します。」
 
間違った方向に努力すると、才能もネジレて成長します。
 いや~私、三十ウン年分、すさまじくネジレにネジレていました。
戻すの、たいへん。なかなかキレイになりません。なんとか少しずつやってます。
…ネジレた文章で失礼しました。

では、また…~~……

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

9、『なぜ、なんのために』

氏、いわく
…「みなさんは、なんのために生まれてきて、なぜまだ生かされていて、どこへ行こうとしているのでしょう?」

 これが、私が初めてアニシモフ氏から聞いた言葉です。

…「考えたことありますか?」

はぁ、何のためにねェ…?まあ、これでもウン十年生きてるので、少しは考えたことがありますが…。

…「時間はあります。じっくり、誠実に考えてみて下さい。」

え?俳優のワークショップじゃないの、これ?
 なんかの宗教か、これは?
 「誠実に」なんて面倒くせぇなぁ、とも思いましたが、乗りかかった舟(?)
、考えてみました。
 これまでになく、ゆっくり、たっぷり。

さてさて、趣味ではなく、プロの俳優を目指している人々は、何のためにお芝居に携わり続けているのでしょうね?
「何故?」と聞かれると、「舞台に立って感激した、気持ちよかった。好きだから。」とか。

では、『何のために』と聞かれたら?

よく「富と名誉のため。」という話が出されることがありますね。芸能人の手にするギャラは破格!というイメージは確かにあります。
 「金持ちになって、有名になって、ウマイものを食いウマイ酒を飲み、いい家に住んでスゴイ車を乗り回し、イイ女(あ、失礼。または、イイ男)と付き合い、人々からキャーキャー言われ……ん~いいなぁ…。つまり売れっ子?。」
まぁ、後半のキャーキャーは別として、「富と名誉」のためなら、成功率の少ない(あまりにも少ない)俳優業よりは、ドーンと商売かなんかやって、慈善活動をしたほうが、ずっと近道ですよね。
 
「好きなものは好き。理屈じゃねぇんだ。」といってみても、なんかモヤモヤが残る。
意外と、すぐには答えが出せない。

怖いことをあえて言いますが、「富と名誉」どころか「貧乏と無名」に耐え切れず、多くの俳優がやめていきます。
 「続けることも才能の一つだよ」、な~んてことを言われますが、「それって一体どんな才能?」と言いたくなります。
 こ~んな地味な仕事、続けるには確固たる理由がないと。

では、『なぜ』から『何のために』と考え方を変えて…
 
『何のために、生まれてきたのか』…ほかでもない《人間》として。
 
『何のために、まだ生かされているのか』…ちょっと宗教チックですが、今までいろんな条件に助けられて、人生の危ない曲面を乗り切ってきたのは事実かな。身に覚えアリ!
 
『どこへ行こうとしているのか』…ん~難問だ。

アニシモフ氏いわく、
…「みなさんは、ここに来れば演技技術を学べると思っているでしょう。」

そりゃそうだ。

…「モチロン、ここは俳優修行の場ですので、それが得られなければウソです。
しかし、それは二番目か三番目か、もしかすると四番目(ここらへん・テキトー)ぐらいに大切なことです。」
「学ぶことによって、あなた方の人生が《豊か》になることこそ、一番大切なことです。
が、演劇を志して不幸になる人がたくさんいますが、何故でしょう。」

~『人生』についての考え方は様々です。
『人生』には、なんの意味もない、と考えることもできます。
人間、地球、宇宙、生命…それは夢みたいなもので、たまたまあるもの、いや、あるのかどうかもあいまいで、存在自体に意味なんかない、と。
しかし、人間として生きていることは確かで、生きている間は宇宙の存在を感じるのも確かで…。
 
どう意識するかは自由ですが、理屈で『人生』を意味のないものにすることもできるし、意味を見出だすこともできる。
それならば、と、演劇芸術を通じて前向きに考えてみようか、というのがスタニスラフスキー・システムですかな。
 私のカンジだと。
 
人間の心・魂の持つ、優れた可能性を信じて、自らも成長しようではないか、
ってなことです。
カタイようですが、実際の道は、面白くって、きびしくって、愉快で果てしなくって、辛くって美しくって、終わりのない労働があり、図り知れない喜びがあり…。
特筆すべきことは、こういう《豊かさ》は、他人を幸福にするということ。
すると、自分も幸福になる。
いや、自分が先かな、シンクロしてるかな。
 誤解なきよう注意すべき点は、「犠牲になろう」と言っているのではなく、「自分の人生の主人公になろう」と言っているのだという点。自ら掴もうじゃないか、と。世界に二つとない、使っても無くならない、自分の《お宝》を、と。
 
 もうお分かりだと思いますが、ここで言う《豊かさ》とは、心・魂の《豊かさ》のことです。

アニシモフ氏いわく
…「そのような豊かさには、いずれあらゆる豊かさが引き寄せられて来ます。
もちろん、経済面においてもです(ロシア語で断言。薄笑いナシ)。」

「嗚呼、ああ、豊かさよ豊かさよ、早く訪れたまえ~。
…あ、いや、こ、心の豊かさですよ、心の……。」

長くなりました。

では、また…

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

8、『観客が見に来るもの』

アニシモフ氏いわく
…「お客さんは、劇場に何を見に来るのでしょう?」

え、そりゃ、お芝居…だろうけど、なんか違うのかな?
ストーリー展開?役者?…って、美男美女ばかりではあるまいし。

 …「観客は、あなた方を見に来るのではありません。
 あなたの中にある『ビジョン』を見に来るのです。」

 『びじょん』…

演劇芸術は『追体験の芸術』と、以前書きました。

 いわく
…「『考え』や『感情』があるところには、必ず『ビジョン』があります。」

フムフムなるほど、私事ですが高校の時、反抗期だったのか、これといって理由もなく、一週間ほど母親の作った弁当を拒否したことを思い出します。
なんだかかわいい反抗ですが、母親のショックは物凄かったろうと思います。
 
口も利かない自分。通学の自転車。揺れる柿の葉。玄関に置き去りの弁当。陽射し。歯を食いしばった母。正座している母。うつむいている母。扉の音。
 
映像とともに、音、匂い、風、皮膚感覚…いろんな記憶が蘇ります。
 
同時に、感情や考えも蘇ります。
「ムッときた、悔しい。はらがたつ。」
 ~から、『混乱・困惑』…「恥ずかしい、申し訳ない、オレ何やってんだ?どうしたらいいのだ。」と、変わったのも思い出します。
 この出来事を思い出すたびに、なんか言葉では言えないけれど、キューっとなったり、肩が下がって腰の辺りが伸びて、目頭がジンとします。
「かあちゃんゴメン。」と、つぶやいていたり、あらためて恥ずかしくなったり。

これ、私の『追体験』なワケです。

記憶ですから、忠実な再現とは言えませんが、かなり細部まで覚えており、強く心に焼き付いた部分は、他の部分がぼやけるのとは対照的に、そこだけ鮮明度を増すことも。
 
~俳優は、『戯曲の提案された状況』の中で、自分自身の似たような経験を思い出します。
これ、『ビジョン』を見るに外ならない。

俳優個人のリアルな『考え・感情』を通して、作者の『考え・感情』が現れるのです。
 
 
アニシモフ氏いわく
 …「『感情』とは、人間が自ら作り出すことの出来ないものです。
それはただ、やってくる(降りてくる)ものです。」

どうやって?

…「あなたの個人的体験の『ビジョン』を通して、思い出し追体験することによって。」
 
 なるほど、「恥ずかしさを表現しろ。」と言われても作れるものではない。
 あの母や弁当を思い出すと、キュンとなったり恥ずかしさを感じるものな。
 
 いわく
 …「観客もまた、俳優の見る『ビジョン』を通して自らの『ビジョン』を追体験し、泣いたり笑ったり、怒ったり考えたりするのです。」
 
 にゃるほど、私の体験談から、似たような経験や反抗期のことを思い出した方がいるかも。

 いわく
…「観客とは、実に優れた人々です。
 俳優の中にウソが見えたらすぐに気付きます。本物の感情が見えたら、あなた方に夢中になります。
…「つまり、観客はあなたを見に来るのではありません、あなたの中にある『ビジョン』を見に来るのです。わかりますか?」

…「俳優の仕事。それは『ビジョンを見る』こと。そして相手役に自分の見ているビジョンを『見させる』こと。」

 
ここでお気に入りのフレーズ。
…「(日本語で)ミサセル、ミソシル!見させる、みそ汁!見させる、みそ汁!…(チョーご機嫌)。」

われわれ
…「また、言ってるよ。はいはい、わかったわかった…」

では、また…。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

7、『ペレジヴァーニェの芸術』と『デモンストレーションの芸術』



 ある種のお芝居には、例えばスターが登場し、仕掛けや目くらまし、時には無関係とも思える歌や踊りが繰り広げられ、目や耳を楽しませてくれるものがあります。
 
そういうお芝居を、私たちは『デモンストレーションの芸術』と呼んでいます。

私たちが歩んでいる演劇の道は、『ペレジヴァーニェの芸術』と呼ばれます。
 
日本語にピッタリくる言葉がないのですが、
 『追体験の芸術』
 『心・魂の生活の芸術』
 『真実の感情の芸術』
といいますか…。

何が違うって、一言でいえば、『ウソっこ感情』の芝居と『リアルな感情』の芝居の違いです。

「芝居はもともと、書かれた『ウソっこ』ではないか!リアルな感情だって?
なんだそりゃ。」
…もっともです。

…だが待てよ。
 俳優ならば誰しも「うまくいかない。」と感じて、どうすればいいだろうと悩みます。
演出家は、なんとか優れた作品になるよう導こうとする。
 また、「あの俳優のあのシーンの演技は、実に素晴らしい。」などと言いますね。
舞台上に何を求めて稽古し、悩み、導こうとするのか。
 優れた演技と月並みな演技との違いは、どこにあるのか。
 初めからウソの世界だと言い切るならば、そんな必要はない。
 
 …みな、創造の結晶として、『リアリティ』を求めているのではないでしょうか。

…ということは日常のリアリティとは違う、演劇芸術のリアリティが存在するということです。
さらに芸術の中のリアリティは、時に、日常の感動を遥かに越えるエネルギーを持っているということです。
そうでなければ、長い歴史の中で、多くの人達が、この芸術に身を捧げて来た理由がわからない。

スタニスラフスキー・システムのもつ最大の要素のひとつは、舞台上の『ウソ』を可能な限り排除していくということ。
言い換えれば、俳優の内面にあるリアリティを、最大限に引き出すということ。

ドイツの哲学者のシュタイナーは、『デモンストレーション的芸術』のことを『気晴らしの芸術』と呼んでいます。

時にはそんなのも必要かな、と思いますが、『ペレジヴァーニェの芸術』に触れると、俳優の病気の多くが『デモンストレーションの演技』から来ているのを目の当たりにしてしまい、やっぱりよくないな~と思います。
 
 生涯かけて取り組んでもいい、という仕事に巡り合うことは稀かも。それが演劇芸術なら、どうせ一生モノなら、『気晴らし』よりかは、もう少しやり甲斐のある道を選んだほうがいいんじゃあないかな、と。
 
 
今回は、説明の難しいテーマで、ちょっと長いコラムみたいになっちゃいました。
 
 ま、終わりにアニシモフ氏の一言を入れておきましょう。
…「(やっぱりニヤリとして、アゴをちょいと出し)ムズカシイ・デモ・オモシロ~イ(日本語ではっきり言い切る)。」

では、また…

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

6、『俳優修行』によって、鍛えるべきもの

ある稽古の時に、俳優の一人が腹筋運動をしているのを見て
 …「なにをしているのかね?」
 
また、別の俳優が発声練習をしているのを見て
 …「なにをしているのかね?」

~その日のリハーサルで、アニシモフ氏いわく。
 …「素晴らしい運動神経を見たいなら、競技場に行けばいい。素晴らしい声を聞きたいなら、コンサートに行けばよい。またはオペラ劇場へ。
俳優が、専門家の彼らに勝てるわけがない。」
 「日常生活を見てご覧なさい。あんな人やこんな人(想像にまかせます)がいるではありませんか。
 俳優に求められるものが、運動神経や美声ならば、舞台上は朗々と喋るマッチョばかりになってしまいます。不自然でしょ?」
 …「俳優が鍛えるべきものは何か?それは……『神経系』です。」
 
 しんけいけい?
 
 …「みなさんが舞台上で相対するのは、相手役、そして観客の『神経系』なのです。
これは、運動能力や声のように、目に見えて修行の成果がわからない。
 また、どうやったら鍛えることができるのか?
 スタニスラフスキー・システムは、その方法を教えてくれます。」
 
 ん~、禅問答みたいですね。

…「俳優修行とは、僧侶の修行に通じるところがあります。」

では、腹筋運動や発声練習は必要ないのですか?

…「ん~、健康に暮らすのに必要なくらいおやりなさい。あなたが、やりたいと思うならおやりなさい。」

ですって。

では、また…。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

5、『交流』

前回の続きです。
 
 『受容』『分析』『判断』『放射』→『受容』『分析』……
と、相手との、このサイクルの繰り返し。応酬。これを私たちは『交流』と呼んでいます。
 

 『考え・感情』の『交流』…が、無限に『考えのエネルギー』を増幅させ、時々、天文学的『感情』を誕生させることがあります。
 俳優も観客も、演出家でさえも予測できない、素晴らしい結晶。
 これぞ、奇跡の瞬間!

なかなか難しいんですよね、そこまで行くの。

それがどんなものであるか、言葉では言い表せません。
リハーサル(稽古)と、パフォーマンス(本番)を通して、その回数を増やせる俳優になるよう、一生涯、訓練していくしかないのです。

アニシモフ氏の言葉を思い出します。
「(やはりニヤリと笑い)大変な職業を選んでしまいましたね。でも、大丈夫。必ず、求める者には訪れます。
忍耐、これが優れた人間の特質です(うまいことを言う)。
そして得られるものは、あなた方の想像を遥かに超えています。」

たしかに私たちは、そういう瞬間に、何度か立ち会っています。演者も観客も、心打ち震える瞬間に。立ち会っています…ありがたくも、やっかいなことに…。
そして、永遠に、俳優修行を続けて行くわけです…永遠に…

…はぁ~~(ため息)…ありがたいありがたい…。

これで一先ず、『受容』~『交流』までのお話を終わります。

では、また……はあぁ~。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

4、それぞれに必要なものは?

『受容』するために俳優は…
 
 アニシモフ氏
 「95%の余分な緊張を取り除くことです。」
 
えぇ~どうやって?

 アニシモフ氏
 「自分のことを考えるのをやめて、相手のことだけ考える。 目の前の俳優の意識にだけ、夢中になるのです。」

 自分のことって?
 
 アニシモフ氏
 「(ニヤッと笑い)うまくできるかな。お客さんは笑うかな、泣いてくれるかな。演出家は気に入るかな~、とか、みなさん考えるでしょ。そうすると、緊張が始まる。」
 
うわ~、考える!
 
 アニシモフ氏いわく
 「舞台上で倒れないくらい、台詞を思い出せるぐらいの緊張を残していれば充分です(笑)。」

『分析』するのに必要なものは?

 …「相手が投げかけて来たテーマについて、舞台上で実際に考えること。
 ただし、日常と違って、戯曲の上に成り立つ世界。戯曲に書かれている『提案された状況』で考える必要があります。」
 
『判断』に必要なものは。

 …「もしも、提案された状況の中に私がいたら。
魔法の『もしも』。」

 『放射』に必要なものは何か。

 …「『内的行動』です。あなたの内面(考えや感情)が衝き動かされることです。
 『内的行動』があなたを揺さぶり、『外的行動』を生み出します。」
 
じゃあ、どうしたら感情が衝き動かされるの?
 
 …「前段階の三つを、正しく実行することです。」

 
受容…☆自分自身のことを考えず、目の前の人間の意識に夢中になり
 分析…☆戯曲の『提案された状況』(考えのライン・意味)の上で、実際に考え
判断…☆『もしも私が』その状況にあったら?というイマジネーションで
放射…☆『内的行動』が『外的行動』を引き起こす。

 
『外的行動』すなわち『身体的行動』は、自然とうまれます。
 
スタニスラフスキー・システムとは、私が思うに、人間行動学の要素をかなり含んでいるのではないかと。
 

次回は、もっと短めに。ということで、
 
では、また…。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

3、『受容』→『分析』→『判断』→『放射』~『受容』→…

日常生活で、自然にやっていることです。

『受容』
…相手役(今、目の前にいるその俳優、その人)の考えや感情を受け取る。

『分析』
…受け取った情報を分析する。「どういうことなの?…ああ、そういうことか!


『判断』
…分析した結果、状況を理解して、どう行動したいかが決定される。「ならば、私の考えはこうだ!」

『放射』
…実際の行動。結果として相手への行動が生まれる。

そうすると、あなたの『行動』(考えのエネルギーの放射)を
 
 相手が『受容』
 そして
 『分析→判断→放射』 
 すると、今度はあなたが…。
 俗に言うキャッチボール。

日頃、一瞬でやっているのに、舞台でやることのなんと難しいことか!

では、『受容』『分析』『判断』『放射』するには、何が必要なのか?

それはまた次回。

では、また…。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-21(Fri)

2、『来た、見た、勝った。』

アニシモフ氏いわく…
「まず、舞台に出る。」…『来た』
 「舞台に出たら、状況や相手役の様子などを受け取る。」…『見た』
 「そうすれば、これから自分がどうすべきかが、おのずとわかります。」…『勝った』

 …たしか、ジュリアス・シーザーの言葉らしいですが、正確に知りたい方はどうぞ調べてみてください。
それはともかく、『見た』のくだりは有効で、舞台上では、その連続です。

実は、これまた『受容する』ということ。
前回の『聞く』と、今回の『見る』とは、身体器官は違うけれど、全く同じ意味合いを持ちます。

ここで言う相手役を『聞く』『見る』とは、外見だけではなく内面・心理状況をキャッチすることです。
実践で、相手役を目の前にして、初めて可能な事ですね。

では、また…。

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

2008-11-20(Thu)

1、 『俳優という仕事のために』

ここらで、学んできたことを、ちょこちょこっと書いてみようかなと思い立ちました。

稽古なり、本番なり、実践を通してのみ、俳優修行は有効ですので、ここに書くことは、

 『実践前の心得、また実践中も、俳優を支えてくれる考えやヒント』

…となれば。

簡単に言えば、私がこれまで聞いたことの記録です。と、ちょこっと感想。

 では…
 
1、俳優の仕事の九割近くは、『聞く』ことである。
 
アニシモフ氏いわく…
 「とかく、俳優はしゃべり、動く仕事だと思われがちですが、そこから間違いが始まるのです。」

 恥ずかしながら、私、それまで、大声でセリフを言い、観客の注目を集めるために汗だくになって走り回り、おおよそヘンテコな動きとしゃべり方で笑いをとったりして、得意になっている俳優?でした。 
 
あらためて周りを見てみると、そんな行為をしている人はまずいませんし、日常生活でいるとしたら、ちょっと残念な人です。ね。
 
 ですから、この言葉を聞いた時には、ビビ~ン!まさに目からウロコでした。
 そして稽古で実践。その通りでした。

『俳優の仕事の九割近くは、聞くことである。』
今では『受容することである』と、もう少し正確に表せるようになりましたが、単純ですけどなかなか有益な考えでした。

では、また…。


テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。