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2009-01-25(Sun)

ちょこちょこっとした話 5

5、『呼吸と、150,000,000回』
 
 
 某、N○Kの『ため○てガッ○ン』(私、わりと好き)という番組で、『呼吸』についての放送を見たことがあります。
  息を吐く、吸う、すなわち『呼吸』。
 
  神経には、
 
 交感神経と副交感神経とがあって、
 
 
 息を吸うときは交感神経が働き、
 
 息を吐くときは副交感神経が働くそうな。
 
  どう違うかというと、
 
 交感神経が働く(吸う)時はドキドキして、
 
 副交感神経が働く(吐く)時はゆったりした気分になるのだそうな。
  まとめると、
  ○息を吸う時は、神経が活発になり、
  ○息を吐く時は、神経がお休みする。
 
  私、ため○てみました。みなさんも、今すぐ実験できます。
 
  胸に手を当てて、ゆっくり呼吸してみてください。
  息を吸う時は、心臓の鼓動がトクトクトクトクと鳴り、息を吐く時は、トックン・トックンとゆっくりになります(まさか私だけでは?!) つまり、吸う時間を短く、吐く時間を長く(スッと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す)すれば、心臓の鼓動の回数が減るわけです。
  番組の実験では、そのやり方で10分ほど呼吸すると、リラックスして毛細血管が緩み、掌の温度が上昇してました。
 
  逆に、あまりにも緊張すると、掌が冷たくなることありますよね。
 
  さてさて。
 
 別の番組で、『心臓』について放送してました。
 
  地上のあらゆる生物の心臓は、概ね
 
 (確か)
 150,000,000回、
 =1億5千万回
 
打つと、自然と鼓動を停止すると報告されていました。
 
  一体、誰がどうしてそんな設計をしたのかわかりませんが…。
  そのリポートを信用すれば、事故や病気でない限り、
 
 約1億5千万回で、心臓は自然に鼓動を止める
 
 というのです。
 
 
 へ~~~、ホ~~~~。
 
 
 小さな動物、例えばネズミなどの心臓は、激しく動いてます。だから寿命が短いそうです。
  人間の場合、薬や延命治療などで、その法則にかなりの誤差があるらしいのですが。
 
 
 さてさて、さぁて。
 
  これら二つのリポートを照らし合わすと、
 
 息を吸う時間が長いほど、鼓動の回数は多いわけです。
 つまり、それだけ寿命が短くなることになります。
 
  逆に、吐く時間を長くすれば、鼓動数は少なくなり、寿命は長くなるワケです。
  別に『長生きのすすめ』をしているのではありません…。
 
  経験から、ドギマギしている時に、あまりいいことないです。
 
 日々、あわてふためいて暮らすと、心も体も疲れます。
 
  かといって、なんでもかんでもゆっくりやればいいとは言いません。
 
 が、始終バタバタしていると、《落ち着いて、しかもすばやく的確に》という感覚がわからなくなるんじゃないかと…。 繊細で、しかも大胆、温かくて鋭くて、高い考えと広い寛容さを持ち合わせた《行い》は、緊張からは生まれません。
 
  自由で、バランスのとれたリラックス状態からこそ生まれるのだと思います。 誰かを落ち着かせる時、息を吸わせるのではなく、「ふ~っ」と吐かせるのも事実。
 
 吐けば鼓動がゆっくりとなるのも事実。
 
 心臓バクバクは頭にばかり血がのぼるのも事実です。
 
  「太く短く生きるか、細く長く生きるか」
 …なんてぇことを言いますね。
 
 しかし、「太く、しかも長く生きる」というのもいいかな、と。
  落ち着きたい時、ちょこっとため○てみてはいかがでしょうか。
  では、また…。
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2009-01-18(Sun)

ちょっとした話 15

15、『意識とバランス』
  ある日、ふつうに講義が進んでいた。
 
  突然、アニシモフ氏がのたまった。
 
 …「私はこうして話をしています。 しかし、私に話をさせているのは、いったい誰なのでしょう?」
  ナゾ掛けみたいで、すぐにはなんの話かわからなかったけれど、直感でゾ~~ッとした(オカルトかよっ!…ってのではなく、不思議な感覚に襲われてゾ~~ッとしたのです)。
 
 
 『意識・意思・心・魂』についての話だったと思う。
 
 
 私に話をさせる存在…。
 
  自分に置き換えて考えてみる。
 
  今、文章を書いている。これを書いているのは私。
  では、書かせているのは…誰?
 
  確かに《私》のような気がするし、私だし…。
  この肉体が器で道具ならば、それを行動に駆り立てるのは、何か?
 
 脳?
  脳も人間の器官のひとつ。では、脳を働かせているのはナニか?
  なんでしょう?
 
 
 私たちの魂?
 意識?
 それは、どんな存在なのだろう。
  それは、体のどの部分に宿っているのか?
 
  やはり脳でしょう。
 
 いやいや心臓だよという人も。
 
 …丹田だという人もいます。
 肚(ハラ)の真ん中ですね。
  正解を見つけることは難しいでしょう。また、そんな観念的なことばかりを考えるのも、よろしくない。
 
 行き過ぎたファンタジーの世界にはまってしまいます。
  でも、時々考えるのもいいんじゃない?
 
 『超意識』(今回は、そこには触れませんが…)についても。
  ところで、舞台上で、二つの意識を認識することがあります。
 
  創造活動の中にいる《私》と、
 
 それを冷静に見守る《私》。
  実は、日常生活でも、多くの人がこの感覚を体験しているはずです。
  何か大切な曲面に立った時などに。
 
  行動している《私》という意識。
  行動させて(観察し見守って)いる、もうひとりの《私》という意識。
  …二つの意識は、同じものかもしれないし、違うものかもしれない。
  けれど、二つを同時に知覚することがあるのは事実。
 思うに、要は『バランス』ということではないかな。
  いわく、
 
 …「スタニスラフスキーは言っています。
 
 俳優は芝居が終わったら、きちんと日常生活に帰って来なければなりません。
  あちらの世界の虜になってはいけません。」
  《俳優》とは職業の名称であって、そんな人種がいるのではない。
  どんな人も、仕事や学校が終われば、家に帰って《会社員や学生》からフツーの《私》に戻る。
 
  俳優業も同じ。
 
 …「夢の世界の住人になってはいけません。
  スタニスラフスキー・システムは、実証可能な、純粋に科学的なものです。
  奇跡のような瞬間はあっても、超常現象のような、ファンタジーとは違います。 プロの俳優は、バランスをとることを習得しなければなりません。
  自らをコントロールできるようにならなければなりません。」
  そうだなぁ~、勘違いしてテングになったり破産したり、病気になったりする人はたくさんいます。
  注目を集めたくなり、特権が欲しくなったりします。
 
 
 きをつけましょう。
 
 俳優は、怪物と闘える夢のスーパーヒーローではなく、《人間》なのです。
 
  くわばら、くわばら…。
  では、また…。
2009-01-04(Sun)

ちょっとした話 14

  14、『役』
 
 最近、話がちょっと長いので、短めに。
 
 
 で、今回は、まず違う話から。
 
  『ちょっとした話』は《俳優技術》より、スタニスラフスキー・システムで学んだ《考え》に、焦点が当たりがちですねぇ。
 
  第1話でお話したように、《技術》は
 
 ”実践の中でのみ”
 
鍛えられ、証明されるので、ここでは自然と《考え》についての話になるのも無理からぬこと。
 
 
 『ちょっとした話』を読めば、明日から天才的俳優になれる!というものじゃあないです。
 
 でも、それこそが大切なのです。
 
 なぜなら、スタニスラフスキー・システムは、俳優の《心理技術》を鍛えるために在るのですから。
 
  舞台上での《技術》については…、そうですね~、「アニシモフ氏の実践を覗いてみよう、受けてみよう!」というのが、まぁ一番です(ちょっと宣伝、でもホント)。
 
  ここにあるのは、本からの知識ではなく、実践で感じ、考えた私の記録。
  そう割り切って読んでください。
  さて、それでは今回の話。~短めに。
 
  『役』
 
  アニシモフ氏いわく、
 
 …「『大きな役』も『小さな役』もありません。
  『大きな役者』と『小さな役者』がいるだけです。」
  背丈のことを言ってるんじゃないですよ。
  では、また…
  …え?短かすぎ?
  ん~
 
 …では、また…。
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