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2009-11-24(Tue)

ちょこちょこっとした話 10

ちょこちょこっとした話 10  『銀河の野原』
  仕事で、群馬県の片品村にいって来ました。 吹き割りの滝のあたり、すごい山の中です。
  夜9時ごろに終わり、車で一路東京へ… …真っ暗な山道を下ってゆくのです。
  やや雨降り前の天気だったのに、見上げると満天の星。 東京では、なかなか見られません。
 
  オリオン座の左や上に、こーんなに星があるんだなぁ~、と、感動~。 反対の空には、北極星でしょうか、ひときわ輝く一点の光。
 
  そういえば、九州でもたくさんの星が見えたはずなのに、住んでるとありがたみがわからないものですね。
 
 
 車が山道を下って行く。
  と、真っ暗な視界に、いきなり街の明かりがあらわれました。 山の裾野の街明かりですから、横に連なり拡がっています。
  そう、まるで銀河のような形。
  頭上には満天の星、眼下には銀河のような街明かり。
  『銀河鉄道の夜』で、星空を見ながらジョバンニが考えています。
 ~~~~~~~~~
 
 
 「ああ、あの白いそらの帯がみんな星だというぞ。」 
 
 
 ところがいくら見ていても、そのそらはひる先生の云ったような、がらんとした冷たいとこだとは思われませんでした。 
 
 それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方なかったのです。 
   ~~~~~~~~~
 …宇宙に野原を見るなんて!
 
  私が見た街明かりの銀河。
  そこには、人が住み、野原があり牧場があり、花が咲き、家々や郵便局、駅やお店がある。 現代だから、街明かりの銀河には、たくさんの光が溢れています。 
 
 
 賢治の生きた時代、村には、そんな光に満ちた風景はないはずです。 
 
 
 ああ、宮沢賢治は星空の中にそんな景色を見たのだろうか。
映画か、外国の街明かりの写真を思い出したのでしょう。
 
 
 
 それにしても、星空を野原や牧場に感じるなんて、なんという想像力!
 
 もしか、一瞬、賢治は時空を飛び越えて、光あふれる未来を覗いたんじゃないかしら?とも思いました。 天才の超感覚、デリケートで大胆な感性には、驚かされるばかりです。
  では、また…。
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2009-11-17(Tue)

ちょこちょこっとした話 9

ちょこちょこっとした話 9
 
 『谷間』
 
 
  かなり以前、運よく『チェーホフ全集』なるものを古本屋さんで見つけまして。(いや、ビックリするほど安かったの!)
  しかし、一旦手にいれてしまうと、なかなか開かないものでして。
  今度、東京ノーヴイで、一幕の笑劇、『熊』という作品を演るということで、 
 「そいじゃあちょいと読んでみるか。」 
 
 と探しますと、11巻目に入っている。
  久々に読み返してみると、こりゃ~さすがに面白い!
 ウチの劇団で、どんな笑劇になるんだろう♪ 
 期待が高まるワケです。 
 
  で、 
 
 「チェーホフさんが好きなくせに、3、4冊読んだきり、そのあとパッタリ読まなかったな。どれどれ…。」
  中には、以前読んだ作品もあり、解説をたよりに記憶をひきもどす。
  『知人の家で』は、『櫻の園』の前身となった小説か。 はぁ~、なるほどなるほど…わかるなぁ~。
 
  『タバコの害について』…面白すぎる! めったに無いことだが、ちょいとくすぐられるなぁ。
 
  『犬を連れた奥さん』…ホー、11巻目に入ってるんだ……。
 
  そこで、気になる記述が。
 
  「~頂点に達した観がある、云々。」…こんな但し書きに惹かれるところをみると、私ゃバーゲンセールの思うつぼだな…。
 
  「~副人物の《松葉杖》が…。」…この《松葉杖》には、コストリョーフと、ルビがふってある。 ロシア語で、コストリョーフとは《松葉杖》のことか?
  そして、コストリョーフとは、我らがゴーリキーの『どん底』に出てくる、信心深い業つくばりなオヤジの名前である。
  と、ゴーリキーの名前も出てきた。 「…ゴーリキーのたっての願いで書き下ろされた作品で、云々…」
  さらに 「…トルストイも感激した。」
 
  そういう作品だという。
  こうなれば、読んでみなければ!
 
  それが晩年の作 『谷間』
  ここでは、中身には全く触れますまい。好きずきもありますし。
  私は……震えました。
  珠玉の短編。 出逢えてよかったと、心から思いました…。 ありがとう、チェーホフさん。
 
  ……さてさて、『熊』が東京ノーヴイでどんな舞台になるのか、楽しみです。
 
  そして、《アントン・チェーホフ、44歳没》と目にとまる。
  あぁ、いつの間にかチェーホフより長く生きてるんだなぁ~。
 
  では、また…。
2009-11-08(Sun)

ちょっとした話 26

ちょっとした話 26  『意識・潜在意識・超意識』
  アニシモフ氏いわく、
  …「スタニスラフスキーは言っています。 
 真の芸術における創造活動は、『超意識』の分野でのみ、実現されます。」
 …ホゥ~?、『超・意識』?
 
  …このお話の前提として、 
『人間それ自体では、創造的なモノは何ひとつ造り出せない、それができるのは《自然》だけである』
 
という原則があります。 頭の片隅に置いていただいて… 
 
 
 
 …まずは表題の、三つの『意識』について簡単なご紹介。 ◯『意識』
  私たちが生活するために必要なレベルの意識。
  例えば、朝起きたら挨拶するとか、顔を洗うとか、お腹が空いたら何か食べるとか。 その際、食べられる物と食べられない物の区別ができるとか。 
 まぁ《常識・知識・認識》ですかね。
  あるいは、専門的な技術、本で読んだり体験して身につけた知識や考え。まぁ、言ってみれば《知恵》ですかね~。 こんな場合は、このように対応すればいい…など、およそ、生きていく上で必要とされる、または便利な事柄に関わる《精神》の働き。 これらを、『意識』と呼んでいます。
  《知識》と《知性》が、その代表選手ですかね。
 
  頭で考えつくことができる、使う使わないも、自分でコントロールできる分野です。
  ◯『潜在意識』 《知性》と違う最大の特徴は、自分では完全にはコントロールできないこと。
  例えば、過去の《記憶》。 思い出すまいと思っても、自然と蘇ってきて、私たちの琴線に触れます。 もっと端的なのは、太古から受け継がれた《神経系》の働き。 例えば、心臓やら肝臓やら、自分で動かそうと思って動かしているわけではありません。
 「胃袋くん、ちょっと停まっとけ~。」というわけにはいかんですな。 
 
 進化の過程で受け継がれた、《遺伝子》によるこれらの働きも『潜在意識』。
  経験によって、自然とやってのける行動、例えば、熱いモノに触れたら手を引っ込める、花瓶が落ちて来たら(落ちて来るか?フツー)反射的によける。 
 いわゆる《条件反射》《本能》ですな。中学校の理科を思い出しますね~。
 
 大道具の職人さんは、頭で考えなくても、さらりともやい結びを作れる。 いわゆる、《無意識》。
 
  え~、私、脳科学のことなんぞ詳しくありませんが、 
 
 『意識』は右脳・左脳のような大脳(たぶん)の働きによるもの。 『潜在意識』は、脳下垂体やら間脳(たぶん)やら、ちょっと原始的・本能的部位のはたらきによるもののようです。
 (く、詳しくは医学書を…。) 
 
  で、これらふたつの『意識』に共通するのは、
 
  《人間の体の内部に存在する身体器官・神経器官》 
 のはたらきによるものであるという点です。
 
  では、『超意識』とは?
 
 ◯『超意識』 
 
  ん~、…にゃんと言えばいいのか…、
  ちょっとSFチックに聞こえるかもしれませんが、『宇宙意識』というか『自然意識』というか、『超越意識』といいますか…。
  …ともあれ、人間の身体器官の《外》にある《神経器官》だそうで…。 ??ナンじゃそりゃ?!と。
  さてさて、冒頭でお話しました原則、
 『唯一、創造活動を行えるのは《自然だけ》である』
 
 
  創造活動とは、
 
 『全く新しい、これまで見たことも聞いたこともない、予測不可能、アタマでの想像を遥かに越えた、唯一無二のオリジナルなモノ(アイデア)を生み出すこと』
 
 …で、いいっスかね?いいっスね! 
 だいたい、そんなところだと認識していただいて、 
 
 で、世の中見渡してそれをさらりとやってのけているのは、たしかに《自然》を司るエネルギー(?)だけのようです。 
 
 
 
 どういう仕組みかわかりませんが、世の中、同じ人間は一人もいません。 
 
 葉っぱなんて、何億兆の何億兆倍あるか知りませんが、一枚として同じものはなく、たぶん、過去にも現在にも未来にも、人であれ葉っぱであれ、全く同じものは生まれて来ないのではないでしょうか。 
 
 
 しかも、どんなモノが生まれ出るか予測不可能。 
 
 
 どないなってんねん?!ってカンジです。 
 誰がやっとんねん?! 
 
 そんな離れワザが出来るのは、まさに《自然》だけでありましょう。 
 
 
 
 つまり、なぜかは知らねど、誰のモノ(『考え・意識』)かは知らねど、私たちの体の《外》にある《神経器官》の働き… 
 
 …宇宙、自然の動きの大原則と言いますか… 
 
 
 
 これを『超意識』と呼んでいます。
 
 
 
  …「あなた方俳優の、それから画家、音楽家、作家、彫刻家、建築家、科学者、いえいえすべての《芸術的・創造的》な分野の仕事は、この『超意識』からもたらされる 
  《インスピレーション》
 
 によってのみ、真に成就されるのです。」
と、アニシモフ氏いわく。
  …「創造活動に入るためには、この、体の《外》にある《神経器官》が、自分の《身体器官》の一部となるように、 
 
 常日頃から『超意識』とコンタクトできる方法をトレーニングし、 
 
 創造活動に入るならば、自らの《内部》にある《神経系》を《調律》しなければなりません。」 
 
  (なんだかスゴそうな話にってきたぞ…。人間ワザじゃなさそう…。) いわく、 
 
 …「いきなり『超意識』に翔ぶことはできません。 我々がコントロール出来る分野は? そう、『意識』すなわち『知性』ですね。 
 
 そこから出発して、『潜在意識』への扉を開き、『超意識』へとたどり着くのです。」
  …ホホォ~、どうやって?
  「『意識』のレベルからスタートします。 
 
 《課題》《考え》《内的行動》《キャラクター》《ビジョン》《驚き》《もしも》《注意》等々、スタニスラフスキー・システムが示してくれるメソッドたちが、『潜在意識』への扉を開く
  《《鍵》》 となります。 
 
 それら全ては、
  《《無邪気》》 へ至る《鍵》です。
  《無邪気》な状態は、もう、ほぼ『潜在意識』の中にいる状態。 《子供》のような《自由》!! あちらの世界からやって来たばかりの小さな子供たちは、『超意識』と結びつき易い。 
 
 すなわち、俳優は《子供》のように《無邪気》な状態になって、初めて舞台に出る権利を得られるのです。」
 
  …私が思いますに、《俳優》とは、 
 
 『一旦世の中を経験し、《知性》を身につけ、それからトレーニングによって、失っていた《子供》の《神経系》を取り戻した人々』 と言えるのではないかと…、あ、いや、まぁ、ひとつの例え、ね。
 
 さらにいわく、 
 
 
 …「《無邪気》さがキープされれば、やがて『超意識』からの《インスピレーション》が降りて来る、または翔んでくるのです。
  真の芸術の道を志す者は、その《インスピレーション》を受信出来るような、超・超(日本語)・チョ~、ウルトラ、スーパー(英語)敏感な受信機にならねばなりません。
  タイヘン困難な道ですが、正しく学ぶ者は、必ず自分にぴったりの《鍵》を見つけ出すことでしょう。」
  俳優が『超意識』と結びついた時に起こる《奇跡》の輝きのスゴさは、体験した人なら、目撃した人なら、おわかりいただけるでしょう。 しかし、道のりは一生モンですね~。
  では終わりに、アニシモフ氏、もう少しいわく。
 
 …「『意識』とは《現在》に、 
 
 『潜在意識』とは《過去》に、 
 
 そして『超意識』とは《未来》に開かれたモノ(感覚?)である。 
 
 と言えるかもしれませんね。」
  では、また…。
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