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2011-03-14(Mon)

ちょこちょこっとした話 13

ちょこちょこっとした話 13


今、この話題を避けて通れない。

3月11日
東北・関東大地震

様々なことが起こり、さまざまなことを見て、出せない答えを求めるように考えを巡らす。

体験した揺れ。
街の混乱。
パンクした電話回線。
止まった電車、都市機能。
映像で目の当たりにする現実。

東北と東京の、地理と気持ちの隔たり、そして繋がり。

二日目なのに、もう十日もたったような感覚。 買いだめに走る人々。
海外の日本に対する評価。
友人や、友人の家族の安否を思い、心を痛め。
急に、防災に心を配り始めた自分。
平和ボケ日本…という言葉のバカらしさとありがたさと反省。

政治家と人々の行動。
衝撃の内外で、それでも何かしら動き出す人間の力。
三日目になって現れた、ワイドショーの芸能人や、コメンテーターに対する違和感。
心無いデマ、そして真実の報道。

…あふれる情報量と、考えと想いに、圧倒されそうで…。

震災二日目と、三日目で世の中の様子が、まったく違うことにも驚かされている。

心の中に、人の悲しみや、優しさや喜びがグイグイ染み透る…非常時には、感情や感覚が研ぎ澄まされ、凝縮するのだろうか。

東京を、自分たちを直撃してたら?
いや、これからするかも知れない。

専門の知識がある者、訓練を受けた者だけが現地入りするべきで、素人がいけば二次災害に巻き込まれ、余計に混乱を招く。
しかし、思ってしまう。
何かできないだろうか?


なにより思うことは、なぜこんなことが起こるのだろうか?ということ。
なぜ、何のために…。

戦争は人間が起こすもの。人災。
一握りの人が、一時的に富と権力を手に入れるために、多くの人々を犠牲にする。
民族紛争などというけれど、その多くは、列強と言われる植民地支配をした国々が残した傷痕。
自分たちの利権のために、植民地の人々に格差をつけて争わせ、不平等による憎しみを煽った結果。

宗教戦争も、その陰には、搾取者の思いが見え隠れする。

大儀や愛国心などという飾りに隠れて、私利私欲がうごめき、人々を騙し巻き込んでいる。

ある人の言葉。
「もし、その国の歴史を知れば、その悲しみの大きさのために、侵略しようなどという思いは無くなるだろう。」
相手の立場に立って考えるという、人間に与えられた《想像力》。

…難しいけれど、人災である戦争は、思いやりで回避することができる…はずである。

では、この災害は?
天災は?

いったいなぜ、何のために起こるのだろうか!?
この、いや、これまでの災害による大きな犠牲は、いったい何のために?

そして、私、私達のいる東京ではなく、なぜ彼らだったのだろう。

どんなに考えても、答えは出ない。ある意味付けはできるけど、どこか腑に落ちない。


震災から三日目の東京。
何事もなかったような風景と、何かしら人々の心から離れていない現実の混在。
忘れてしまったように振る舞うことの善し悪しを判断することは、誰にも出来ない。
誰しも、思うところ、感じるところは違うし、その違いこそが人間の能力のスゴさでもあると思う。

今日、神田川の桜のつぼみが、活き活きと膨らんでいるのを見た。
見ていたら、突然、左手の植え込みから、今年初めて、うぐいすの鳴き声が聞こえて来た。

「わぁ!」

思わず心が動かされる。

その一方、桜もうぐいすも、震災も、人の手によるものではない…。
やはり、答えは出ない。

震災の三日ほど前に、地震の夢を見た。
11日、当日の朝、世界が今日、終末を迎えるという夢を見て、目が覚めた。
夜、東京の街を歩いて帰った時、ウチのカミさんに「予知夢だったんじゃない?」と言われて、見ていたことを思い出した。

なんだか不思議な気がした。

もうすぐ日が暮れて、夜になったら世界が終わる。
周りにある建物や、車やゴミなどが、どんどん宙に舞い上がっている中を歩いている夢。
あと30分ほどで、家に帰り着く。
「ああ、カミさんに会って、一緒に居よう。」
それだけで充分な気がしていた(なんか、こんな話になって…スミマセン)。
ノロケではなく、人と人とがこの世にいることが、いいことも悪いことも含めて全てで、現実なんだという気がした、のです。


家、家族を失った方々がたくさんいらっしゃって、それが近くはない、遠くでもない場所で、現実で、そのことを思うと他人事ではないような、胸が苦しくなるような思いがして。
海外の支援に、目頭が熱くなって。
人々の無事を祈らずにはいられない。


われわれは、同じ人間なんだ…。


……命を授かっている間、自分にできることをやる。間違ったり躓いたり、ちょっと喜んだり。
それが、私達のやれることなのではなかろうか。

こんなまとめ方が、今は精いっぱい。

原子炉や余震のことも、現在進行形で、現実である。
どんなことになるのかわからない。

が、日本のこれまでの優れた歩みと、たくさんの間違いと、今まさに寄せられている、世界中の《思いやり》との素晴らしい成果から、未来の人類のための、なにか『本当の幸いに至る道』が見つかることを祈らずにはいられません。

長々と、まとまりのない考えにおつきあいいただき、ありがとうございました。

亡くなった方々への合掌…
そして、今、災害の元にある方々、働いている方々の無事を、心から祈ります。

では、また…


2011,3,14
いなだ
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