--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-11-21(Fri)

7、『ペレジヴァーニェの芸術』と『デモンストレーションの芸術』



 ある種のお芝居には、例えばスターが登場し、仕掛けや目くらまし、時には無関係とも思える歌や踊りが繰り広げられ、目や耳を楽しませてくれるものがあります。
 
そういうお芝居を、私たちは『デモンストレーションの芸術』と呼んでいます。

私たちが歩んでいる演劇の道は、『ペレジヴァーニェの芸術』と呼ばれます。
 
日本語にピッタリくる言葉がないのですが、
 『追体験の芸術』
 『心・魂の生活の芸術』
 『真実の感情の芸術』
といいますか…。

何が違うって、一言でいえば、『ウソっこ感情』の芝居と『リアルな感情』の芝居の違いです。

「芝居はもともと、書かれた『ウソっこ』ではないか!リアルな感情だって?
なんだそりゃ。」
…もっともです。

…だが待てよ。
 俳優ならば誰しも「うまくいかない。」と感じて、どうすればいいだろうと悩みます。
演出家は、なんとか優れた作品になるよう導こうとする。
 また、「あの俳優のあのシーンの演技は、実に素晴らしい。」などと言いますね。
舞台上に何を求めて稽古し、悩み、導こうとするのか。
 優れた演技と月並みな演技との違いは、どこにあるのか。
 初めからウソの世界だと言い切るならば、そんな必要はない。
 
 …みな、創造の結晶として、『リアリティ』を求めているのではないでしょうか。

…ということは日常のリアリティとは違う、演劇芸術のリアリティが存在するということです。
さらに芸術の中のリアリティは、時に、日常の感動を遥かに越えるエネルギーを持っているということです。
そうでなければ、長い歴史の中で、多くの人達が、この芸術に身を捧げて来た理由がわからない。

スタニスラフスキー・システムのもつ最大の要素のひとつは、舞台上の『ウソ』を可能な限り排除していくということ。
言い換えれば、俳優の内面にあるリアリティを、最大限に引き出すということ。

ドイツの哲学者のシュタイナーは、『デモンストレーション的芸術』のことを『気晴らしの芸術』と呼んでいます。

時にはそんなのも必要かな、と思いますが、『ペレジヴァーニェの芸術』に触れると、俳優の病気の多くが『デモンストレーションの演技』から来ているのを目の当たりにしてしまい、やっぱりよくないな~と思います。
 
 生涯かけて取り組んでもいい、という仕事に巡り合うことは稀かも。それが演劇芸術なら、どうせ一生モノなら、『気晴らし』よりかは、もう少しやり甲斐のある道を選んだほうがいいんじゃあないかな、と。
 
 
今回は、説明の難しいテーマで、ちょっと長いコラムみたいになっちゃいました。
 
 ま、終わりにアニシモフ氏の一言を入れておきましょう。
…「(やっぱりニヤリとして、アゴをちょいと出し)ムズカシイ・デモ・オモシロ~イ(日本語ではっきり言い切る)。」

では、また…
スポンサーサイト

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。