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2009-08-30(Sun)

ちょっとした話 24

24、『大事なセリフなど、ひとつもない』
 むか~し、むかしのことじゃった。
 
  まだ、《テンポリズム》などを習う、ずっとずっと以前… …スタニスラフスキー・システムの入り口に立ったころ…。 アニシモフ氏は、ゆっくりゆ~っくり、そして、小さなちぃ~さな囁き声で、俳優にトレーニングをさせておりました。
  それは、
『俳優の主な仕事は、神経系で行われる』 

 ~という、システムの根幹に沿ったもので、
 
  『すぐになにかをやりたがる、表現したがる、認めてもらいたがる』 
 
 …つまり、《はじめから結果をやる》《外的表現から始める》などの間違いから、俳優をガードしてくれる有効なやり方でした。
 
 
 また、
 じっくりと分析し、戯曲に込められた考えを読み取ったり、 
 
 今ここに自分がいるんだ(私、ここに居ていいんだ……これ、すごく貴重)
 ~という、自己存在の真実感覚を体験するためにも、優れた導入だったのではと思います。
 
 
 
 
 ♪そして、いつしか時は流れ~♪…
 
 
 …ひととおり、戯曲の分析が済んだころ…。 
 
 
 
 アニシモフ氏いわく、
 
 「さぁ、今から一幕を10分でやりましょう。」
 
 
 
 そりゃあもう、大騒ぎサ!
 なんたって、それまで、1ページを3時間かけることだってザラだったのですから。 
 
 
 
 アニシモフ氏は
 「(日本語で)先、先、先、先、サキ~!」
 としか言わないし、
 
 
 俳優は、 「えーと、次、なんだっけ~?!」 などと叫びながら、大急ぎで一幕の中を突っ走るカンジ!! 
  ところが…! これがムチャクチャ面白いんです。
  俳優がリアルに慌てふためいているのも面白いのですが、見ていても、演じていても、ストーリーに難しいところや理解不能なところがなく、そこにいる全員が、目の前で起こっていることにグイグイ惹き付けられたのです。
 
 たぶん、
 余計なことを《やれない》こと、先に何が起こるかを《考えられない》ことが、目の前の相手への集中力を高め、新鮮さをもたらしたのでしょう。 
 
 
 考えてみれば、日常はそうですもんね。
 芝居と違って、次に何が起こるかなんて、誰も知らないのですから。
 
 倍速で演るその稽古は、もちろんデフォルメ稽古なのですが、ある意味、日常に近い状況を作り上げていたと言えるでしょう。
 
  ♪それからまた、時は流れ~♪…
 
 …スタニスラフスキー・システムのメソッドを、ふた回りほどしたころ… 
 …《提案された状況》や《内的キャラクター》が、俳優の身体と心に染み込みはじめたころ… 
 
 アニシモフ氏いわく、
…「大事なセリフなどひとつもありません。」 『ワーニャ伯父さん』の稽古中でした。 
 
 
 チェーホフ戯曲は、愚痴や皮肉や、日常のどうでもいいような世間話から成り立っています。 
 
  読みなおしてみてください。ホント、みんな、くっだらな~い、おまぬけなことを、グダグダしゃべっています。
 その辺で誰かがしゃべっているのと、ほとんど変わらないのです。 
 
  チェーホフ戯曲の凄さは、そんな会話と出来事が緻密に織りなされ積み重なるうちに、人間や人生の本質にグッと迫り、私たちに問いかけてくる点です。  私、チェーホフさん、好きなんですね~。
 
 
 私たちは毎日毎日たくさんのことを話してますが、
 
  〈これぞ!〉
という話題の、 〈ここぞ!〉
という瞬間は、一日に一回ぐらい?……、
 いやいや、戯曲にあるような心震える会話なんて、月一回?半年に一回?
 
 
 チェーホフ戯曲には、《ここぞ!》《これぞ!》が、実に自然とやって来る…いや、織り込まれているのです。
  アニシモフ氏いわく、 …「優れた戯曲では、全てのセリフに、喋る理由(言葉にしたい動機)があります。 ですから、分析の時点では、場面の意味を捉え、なぜ喋るのかという理由を、一つ一つゆっくりと検証していく必要があるのです。
  しかし、実践の舞台では、日常の《テンポ・リズム》を取り戻す必要があります。」
 
  「また、とかく俳優は、全てのセリフに意味を与えたがる。 しかし、パラドックス(逆説的)ですが、全てのセリフに意味を与えようとすればするほど、その《意味》は遠ざかって行き、失なわれてしまいます。」
 
 
  理由は、人間の自然なテンポ・リズムと違うからです。 
 
 言い換えると、
 『あまりにも、日常と違うから』
 
  日頃の会話を思い出してください。 24時間、世間話に思いを込めて喋ったりしませんよね。 軽く、「ああ」とか「うん」とか相づちを打ったり、「腹へったなぁ」とつぶやいたり。
 
 
 その全てに、意味を探してじっくり喋ったら、そーとー疲れます。というか、ちょっと変な人。
 
 
 
 アニシモフ氏は、 
 …「普段皆さんが話すように、人間が喋るように会話してください。」 
 と、よく宣います。
 
 
 また、
 …「ドキュメンタリー・フィルムのように演じなければならない。」 
 とも、のたまいます。
  
 
 
 全ては 
 
 『舞台上で、生きた人間が生活するため』
 
 のヒントなんです。 
 
 
  早回しのデフォルメ稽古で、我を忘れていると、言葉ではない、頭でもない、第六感のような感性が全てを教えてくれるのを感じます。
  『大事なセリフなど、一つもない』
  これには続きがあり、
 『何事もないようにサラサラとセリフを言えば、やがて《テンポ・リズム》が「これぞ大事!」というところを教えてくれます』  

とのこと。
 
 また、これは、 『よりよりよりより』にもつながるのです。
  大事なセリフが一つもないとわかれば、『より単純に、より軽く』喋り、
 
 
 するとテンポ(時間)が戯曲をポンポン運んで『より陽気』になり、
 
  ついには、俳優と芝居に羽が生えて(バランスのとれたノリノリ状態)、
 
 
 リズム(心)が潜在意識を呼び覚まし、
 
 
 たくさんのインスピレーションをもたらし《ここぞ!》というところを教えてくれる…
 
 
 …『より高く』なるのです。
  今回は、ちこっと長くなりましたなぁ。
  では、また…。
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